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ゲド戦記

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※ネタバレ無し
映画『ゲド戦記』を鑑賞してきましたのでそのレビュー。

引用元:アサヒ飲料 | ゲド戦記タイアップサイト
http://www.asahiinryo.co.jp/gedo/story.html

 西海域の果てに棲む竜が、突如、人間の世界に現れた。そして、それと呼応するかのように、各地で作物が枯れ、家畜が倒れていく。世界の均衡が崩れつつあった。
 災いの源を探るハイタカ(真の名:ゲド)は、旅の途中、父を刺し国を捨てた王子アレンに出会う。心に闇を持つ少年は、得体の知れない“影”に追われていた。
二人は、都城ホート・タウンにたどり着く。そこでは、人身売買が行われ、麻薬が蔓延し、売っている物はまがい物ばかり。表面的には陽気で騒々しかったが、行き交う顔からは実在感が失われていた。
街をさまようアレンは、謎の少女テルーを人狩りの手から救い出すが、彼女は少年を拒絶する。
――世界に兆す災いの背後には、クモと呼ばれる男がいた。“死ぬこと”を誰よりも怖れるその男は、かつてハイタカと戦い、そして敗れた大魔法使いだった。

ヒューゴー賞受賞作『闇の左手』などの著作で知られるSF作家アーシュラ・K・ル=グウィンによる同名の児童文学小説を原作とし、J・R・R・トールキン『指輪物語』やC・S・ルイス『ナルニア国ものがたり』とともに世界三大ファンタジーの1つとして数えられるファンタジー超大作です。…と言っても、もはやこれらは古典の域なので、ハリーポッター等になじみのある最近の方々には、ちょいとばかし畑違いのファンタジーかもしれません。
私自身、過去に海外のSF・ファンタジー小説を相当好んで読み耽る活字中毒者だった時期があったので、原作『ゲド戦記』の存在はかなり古くから知っていましたが、当時はまだ近所の書店で手軽に入手できるようなジャンルの代物ではなかったため 、結局のところ未読のままでした。そして今回、数十年ぶりにしてようやく念願のゲド戦記との出会いという事になりました。もっとも、原作とは別物、という心構えで鑑賞に挑んだのはほかでもありません 。

さて、肝心の感想です。
本作は日本が世界に誇るスタジオ・ジブリ作品ですが、宮崎駿監督の長男、宮崎吾朗氏が初指揮を執ったことで話題になった事は多くの方が既にご存知かと思います。
その出来栄えはどうか。
結論としては、絵柄は踏襲してはいるものの、やはり宮崎駿監督作品とは似て非なるものでした。

ネタバレになるので物語的なものはここでは多く語りませんが、まず思ったのは、これは一般の人たち(とくに子供達)が気軽に楽しむには、ちと叙情的過ぎやしないかい?という おせっかいな懸念。
小難しいストーリーを読み解くには少々酷な、小さなお子さん達の目を楽しませるギミックは、本作では何一つありません。ある意味、ジブリの主流作品としては、前代未聞。お父さんお母さんたちも、今日は肩透かしを食らった可能性はありますね。
とはいえ、 本作『ゲド戦記』は、一般的な日本人の価値観での『勧善懲悪』『ヒロイック・ファンタジー』『愛と正義と勇気のドラマ』を、それなりにポイントを抑えられたつくりで安心して楽しめるアニメーション冒険活劇として老若男女誰にでもお勧めできる良作でしょう。あらゆる人々が、不本意にも期待するであろう、宮崎駿的でないという点はこの際差し置いて。

しかし。
宮崎吾朗版ゲド戦記は。
とにかく地味で。
そして気だるい。

宮崎駿的シンボリックな世界観をあえて避けようと思ったのか、人・言葉・世界観・デザイン・動き・笑い・音…とにかくあらゆるものがひたすら抑揚が抑えられた、ひどく地味なものに感じました。これは原作イメージを(ありとあらゆるル=グウィンの熱狂的なファンの手痛いクレームをなるだけ回避するために)可能な限り忠実に再現した結果なのかは、不届きにもファンタジー愛好家にして原作を読んでいない私ごとき人間には判断できません。

淡々と語られる台詞と伏線。そして、凄く閉じた、プライベートな世界空間の中での物語構築。
極端に矮小化して表現すれば、今までがどちらかというと『多集団の中の一員たちの激しいせめぎ合い』にスポットを当てて描いた作品が多かった中、本作は『お前と俺と、ついでに世界』的ミニマムな構造です。個人的には、その点も本作の地味さの要因かと思いました。
もっとも、そもそも原作自体がかなり哲学的な作品であるらしい(ル=グウィンはフェミニストらしく、その影響の色濃く出たゲド戦記の近作は、実はかなり賛否両論があるのだとか)だけに、もともと我々には若干馴染み難い側面もあるのかもしれません。
私はファンタジー作品で言うと(ちとマイナーですが)手塚一郎『最後の竜に捧げる歌』『弦奏王』、タニス・リー『冬物語』、デイヴィッド・エディングス『ベルガリアード物語』あたりが聖書な人間なので、純粋なル=グウィン愛好家の方々よりは まぁ単純に楽しめたのではないかというのが本作の総評です。 ちなみに、コマ割やら場面転換が糞だとかその辺のアニヲタ的批評は、クオリティーの低いヲタに成り下がった今の私には無理なので他所様でどうぞ(><;)

最後に、ちと脱線。
意外だったのは、ヤックル風の馬に乗る少年・奴隷を運ぶ牛車と首枷の奴隷の少女・畑を耕すシーンなど、宮崎駿作の短編絵本『シュナの旅』へのオマージュかと思われるシーンが劇中のそこかしこに確認できた事でした。これはクレジットを見て納得。
主題歌『時の歌』の作詞作曲に新居昭乃が起用されていたのもちょっと予想外でした。

ゲド戦記


関連サイト:ゲド戦記 公式サイト
http://www.ghibli.jp/ged/

嫌われ松子の一生

※ネタバレ若干有り
映画「嫌われ松子の一生」を鑑賞してきましたのでそのレビュー。

引用元:嫌われ松子の一生 - シネマトゥデイ
http://cinematoday.jp/movie/T0004065

昭和22年・福岡県大野島生まれの川尻松子(中谷美紀)は、お姫様みたいに幸せな人生に憧れていた。しかし、20代で教師をクビになり、エリート街道から転落、家を飛び出して風俗嬢になってしまう。その上ヒモを殺害して刑務所へ送られ、壮絶な不幸の連続にまみれた波乱万丈の人生を送ることになる……。

茨城の片田舎・下妻を舞台にゴシック・ロリータ娘×レディース暴走族の友情劇を描いた傑作コメディ「下妻物語」──その指揮を務めた中島哲也監督の最新劇場作品です。
山田宗樹の同名小説を原作とする異色のシンデレラストーリー…と解説にありますが、私は原作作品も作家さんも知らないので、あくまで下妻物語を楽しんだ一映画ファンとして、先入観抜きのまっさらな状態で鑑賞しました。

この物語は一言で言えば、数奇な運命を辿る事になる不幸で健気な女性・川尻松子の人生を追う一種の転落劇ですが、そもそも冒頭で松子がいきなり死体で発見されると言うトンでもない幕開けに呆然。物語は、彼女を取り巻く人々の客観視点により描かれ、いびつに欠けた松子の人生のピースが彼らの手によって次々と補完されていくという、変化球的な展開によって織り成されます。
嫌われ松子を巡る謎と伏線は、彼女の甥・川尻笙の視点で徐々に紐解かれます。

下妻物語で見せた中島節は、本作でもそこかしこに垣間見えます。
濃密な質感の画質。
数々のお花畑的サイケデリックなセンスのCG小道具。
断片的に散りばめられた笑いネタのスパイス。
頻繁に挿入されるミュージカル風の演出の効果も相まって、本作では本来不幸であるはずの松子の境遇を実に伸び伸びと、面白おかしく描いています。
下妻物語のセンスで笑えた人ならば、十分お勧めできます。

一方で、下妻物語では強調されなかった闇の面もあります。
物語の最後、笙は遂に松子の幻影に追い着きます。
ですが、結末も、その結末に辿り着く道のりも、決して絵に描いたようなシンデレラストーリーなどではありませんでした。
数多くの演出と脚色に塗り固められていて一見気づきにくいですが、本作では非常に重く、非常に曖昧なテーマを内包しており、その重さが「笑えない」のです。
重いテーマとは何か…それは是非自分の目で確かめてみてください。
私は散見する本作のテーマをうまく噛み砕く事ができず、釈然としない気持ちのまま劇場を後にしました。
ただ今言えるのは、前述の演出を取り払ってしまえば、おそらく救いようのないほど痛々しい映画になってしまう可能性も孕んでいるということ。
そして最も私の胸を鷲掴みしたのは、松子をはじめとする彼女たちの抱えるその「重さ」に対して、演出によるまやかしの逃げ道は用意しながらも、現実的には微塵にも救いの道を用意しない、美しい終焉すら許さない、本作の残酷な運命感でした。
松子が救われたとするのなら、多分それはそれこそサイケな「お花畑」の中での松子だけなのかもしれない…そう思わざるを得ない、ある意味人間的でリアルな物語でした。

嫌われ松子の一生 (Kiraware Matsuko No Issyou) trailer


関連サイト:goo 嫌われ松子の一生 オフィシャルサイト
http://kiraware.goo.ne.jp/

※ネタバレ無し
映画「サイレントヒル」を鑑賞してきましたのでそのレビュー。

 引用元:ITmedia +D Games - 完全映画化された「サイレントヒル」――7月8日より全国ロードショー公開
http://plusd.itmedia.co.jp/games/articles/0604/12/news066.html

 ――悪夢にうなされる最愛の娘・シャロンがつぶやく「サイレントヒル……」という言葉の謎を解くため、ウェストバージニア州の街「サイレントヒル」を訪れたローズ。彼女はそこで失踪してしまったシャロンを探すうちに、深い霧に包まれ、まったく人気のないこの街で、想像を絶する恐怖に襲われていく。忌まわしい過去をもち、さまざまな秘密が隠されたサイレントヒルは、決して抜け出すことのできない呪われた街だったのだ――。

サイレントヒルは元々日本のTVゲームが原作で、バイオハザードやスーパーマリオブラザーズ、はたまたストリートファイターなんかと同じく、海外で映画化されたパターンの劇場作品です。
まぁ、国内でも大ヒットしたバイオはまだしも、マリオやスト2は日本人視点ではハリウッド版ゴジラなんかと同レベルに噴飯モノのB級作品でしたが、さてサイレントヒルはどうなったか。

そもそも何故サイレントヒルなんて映画を見に行ったかと言うと、私個人にとって原作ゲームのサイレントヒルが神作品だったからです。
そう…

ネ申

サイレントヒルの一作目が発表されたのは、丁度ゲーム業界でバイオハザードが大ブレイクし、国内でホラーゲーム旋風が吹き荒れていた当時でした。
当然、本作も国内の多数メーカーから乱造されまくっていた二番煎じの中の1つで、発売時期が遅かったせいかそれほど着目されていなかった気がします。
ただサイレントヒルには、私が全く興味を持たなかったバイオハザードに代表されるホラーゲームとその数々の類似作品とは違った臭いを感じました。
そもそも私はそれほどホラーに興味がない人種ですが、そんな私の目から見てもサイレントヒルは明らかに異常でした。
まぁ、シンプルに比較するんならこんな感じ↓

バイオハザード → ゾンビが怖い
サイレントヒル → 空間そのものが怖い

とにかくサイレントヒルは絵が狂ってます。音が狂ってます。ただでさえ寒気がする世界なのに、世界が裏返ります。
土着宗教の暗黒面をベースにしたストーリーとか、襲い掛かってくるグロいクリーチャーの類なんてオマケです、そんなものどうでもいいんです。偉いヒトにはそれがわからんのです。
とにかくコイツを作った奴らはイカレてると心底思いました。

KONAMI社から発売されているゲームシリーズの方は、主要スタッフが移籍(現SCEIでサイレン作ってる人たちらしい?)した余波で、四作目のザ・ルームで事実上瓦解したも同然ですが、さて映画化されたサイレントヒルはどうか?

ネタバレ無しに結論を言えば、良くも悪くも原作を忠実に再現した良作であると感じました。
ストーリーは1作目をベースに、主人公が女性になったり、サイレントヒルのゴーストタウン化の原因に炭鉱の地下火災のネタが加えられたり、2作目の三角頭の処刑人が展開上何の脈絡も無く出現したりと、様々な脚色が加えられていますが、原作の最大の特徴である狂った世界観や音の演出はかなり完璧に再現できており、正直よくやったなと思いました。
70年代あたりで時間が止まってしまったアメリカの片田舎・孤立した陸の孤島・視界を塞ぐ濃い霧・まるで雪を思わせる灰が降り注ぐ風景・おぞましいサイレンの音が鳴り響く・錆びて腐食した退廃の世界の到来…。
というか、散りばめられた謎を追う主人公の動きなど、ストーリー展開含めあまりに原作のゲームそのまんまなので、逆に映画としてはRPG・ADV過ぎて妙に映るかもしれません。
ストーリーについても、狂信者団体と悪魔の話や、主人公の夫役が担う現実世界のパートは、正直蛇足に感じました。
妙な伏線や説明による説得力は、この狂った世界には要らんと思います。
まぁ、そのへんがB級映画らしさを演出してくれている面もあり、牧歌的アメリカのゴシックホラーと言う要素も含め玄人好みかもしれませんが。

そういうやこの監督のクリストフ・ガンズって、だいぶ前に見た仏映画「ジェヴォーダンの獣 」の監督だったのを今更知った。なんか独特な雰囲気があったがそうだったのか…。
クリーチャーのかなり怪しいCG処理もきっちり引き継いでいるので、B級フェチにもオススメです。


 

SILENT HILL trailer (jp.ver)


関連サイト:サイレントヒル 映画版公式サイト
http://www.silenthill.jp/

関連サイト:サイレントヒル 原作版公式サイト
http://www.konami.jp/gs/game/silenthill/

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